眼鏡越しの風景EP70-背中-
- 2022/5/21
- yukkoのお眼鏡
ここ2年遠出していなかった両親を連れ、日帰りで有馬温泉へ出かけることにした。人混みを避け、平日に行くことを決めたものの、なかなか私の休みが取れず、この日帰り旅行が“母の日”と“父の日”のプレゼントとなった。
当日は現地、太閤橋で待ち合わせ。少し前に到着していた父たちは、昔よく家族旅行で訪れた山側に広がる有馬の温泉街を、目を細め懐かしそうに眺めていた。「お客様、お待たせいたしました。本日、添乗させていただきますyukkoと申します」と、後ろからおどけて声を掛けると、
「添乗員さん、今日はどうぞよろしくお願いします」と、父もその小芝居に乗っかった。こういうところは息がピッタリだ。現実的な母はそんなやり取りを、笑っているものの、どこかスーンとしながら見ている。
旅のスタートからマイペースな父は、私と母の後ろをのんびり歩き、やっと追い付いて来たかと思ったら、観光案内所に何も言わず、フラ~っと入ったきり、待てど暮らせど出てこない。しびれを切らし私が迎えに行くと、あれやこれやとまだパンプレットを選んでいる最中だった。『賞味期限5秒』話題の焼きたてフニャフニャ食感の炭酸せんべいをウリにしているお店で、父を待っていた母は、新食感を味わうはずが、あまりにも父が戻って来ないので、焼きたてから何分も経過した単なる普通の硬さの炭酸せんべいをパリパリと食べるハメになってしまった。
待ち合わせから20分ほど経ったが、まだ温泉の入口付近をウロウロ。やっと観光が始まったかと思ったら、今度は温泉街の立て札の説明文を読んだり、気になるお店の前で立ち止まり、通りのあちこちに興味が湧いてくるようで、一向に進まない。早めに集合したにも関わらず、気がつくともうお昼ごはんの時間になっていた。
なんとかお店に辿り着き、いよいよお昼ごはん。背の高い父がお店の梁の高さにブツブツ独り言を言っている間に、私と母は素早く父の分も注文を済ませた。最近は食が細くなった父が、運ばれた牛肉と野菜のせいろ蒸しと、山海の幸たっぷりの釜めしご膳を見て「こんなに食べれるかなぁ」と言いつつ、美味しそうにパクパク食べている姿に少しホッとする。食事中は有馬温泉の歴史を饒舌に話し、時々お店の人に昔のことを質問しては同意を求め、物知り風を吹かせている姿は、子供の頃を思い出させる懐かしい光景でもあった。
お腹もいっぱいになったところで、私と母の歩く速度はゆっくりになり、かたやお肉を食べて俄然元気になった父が、今度は先頭をスタスタと歩き出す。長い階段の先に見える神社や、急坂の展望公園にも行ってみよう!と積極的。年齢の割になかなかの健脚ときている。呼吸をハァハァしながら後を付いていく私に「写真撮るぞ~、そこに立って!」と、先を行く父が上から呼ぶ。ヨレヨレとたどり着くと「もう少し左、あっ!行き過ぎ、もうちょっと右やな~」と、写真撮影の注文が多く、なかなかシャッターを切らない。モデルになるのも大変で、母は父がカメラを構えると逃げてしまう。そんな注文の多いカメラマンなのだが、写真を撮るのは私の方が断然上手い。
父が案内地図を片手に行きたがっていた、菅原道真公を祀る神社の境内には温泉地らしく、98度の金泉がシュッシュと音を立てて湧く『天神泉源』がある。父と私は板で塞がれた湯気の出口を恐々ながらもすぐ触りたがり「熱くないよ~、せっかくだから触ってみたら?」と、母は促されやっと触るか、もしくは触らないタイプ。そんな行動を見ていると、興味津々、好奇心旺盛で、なんでも確かめてみようとするのはいつも父と私。
そういえば、昔。イタリアに行った時も、参加したツアーの最後尾にいるのは毎回私と父。母はたいてい前方のガイドさんの近くにいる。二人して立ち止まって写真を撮ったり、興味があるものを見つけてしまうと、すぐ夢中になってしまい、だいたいどちらかが後ろから慌てて走ってくる。一人だと遅れにくい気持ちもあるが、父も「私がいるから」私も「父がいるから」と変な連帯感のせいで、ずっとそんな調子であった。もちろん、ガイドさんの説明なんて全く聞いてないので、大事な連絡事項も聞き逃しては毎回、母に「次、どこで何時に集合?」と聞いてばかりいたので、とうとう「ちゃんと自分で聞いてくれる!」と、2人して母に怒られてしまった。
温泉街の散策に歩き疲れ甘いもの補給にと、日本一に輝いたジェラートを久しぶりに食べたからだろうか、そんな苦いイタリア旅行のことまで思い出してしまった。温泉街の洒落たカフェでまったり珈琲タイムや、“日本三名泉”と言われる有馬温泉の金泉、銀泉で湯あみを楽しみ、すっかり癒されていた。湯上がりに父とソファーに座り、かなりのんびりしていると「ちょっとぉ、駅へ行く送迎バス間に合わなくなるよ!」と、母が呼びに来た。いくつになっても母に怒られている、懲りない父娘なのでした。
♪My Favorite Song
家族になろうよ 福山雅治