眼鏡越しの風景EP66-先輩-
- 2022/3/26
- yukkoのお眼鏡
会社のデスクを開けると、引き出しの中の配置は新入社員の頃からほとんど変っていない。前職で出会った5つ上のデキる先輩の教えを今も忠実に守っているからだ。先輩は、どんな時も慌てることなく冷静、後輩の指導も口うるさく細かいことは一切言わず、かといって放任主義というわけでもない。なにか困ったことがあると、どこからともなくハラリっと現れ、必ず助けてくれていた。普段はアンニュイな雰囲気の中に、少女っぽさを持ち合わせた可愛い人で、仕事で見せる“デキる女”とのギャップに、後輩の私でさえドギマギすることがあった。いつかあんな素敵な女性になれたらと、仕事の仕方や、電話の口調、机の中の配置を真似ることで、先輩のようになれると、ひょっ子の私は信じていた。
彼女の元でたくさんのことを学び、それから数年後私は先輩が転勤するのを期に、卒業とばかりに業種も仕事内容も全く違う業界へ転職した。仕事先が変わっても、デスクごとそっくりそのまま持ってきたかのように、その配置を別の会社のデスクでも作り上げ、今に至る。結局、どの業界に行こうが、身に付けた仕事のスキルや進め方というのは変わらないのだ。
使う文房具においてもそうだ。メーカー側で廃盤になっていない限りは、同じものを継続して使っている。パソコン全盛期の今でも、現職も前職も文字を書くことが多い業種で、ペンの書き心地と少ない筆圧でサラサラと素早くインクが出ることには、特にこだわっていた。先輩が使っていた『SAKURAボールサイン』を4年ほど使い続けていたが、本体が使い捨てだったこと、毎回キャップを開ける手間を惜しむほど新しい仕事が忙しくなったことで、同じゲルインクボールペンのノック式タイプ『三菱鉛筆ユニボールシグノ』を使うようになった。殴り書きのように急いでメモをしても、書き心地の良さから、それなりに美文字に見える。何十回と替え芯を購入したか、覚えていないほどの愛用ぶりで、家にも仕事場にも数本をあちこちに配置し、どこでも手に取れるようになっている。しかも色は黒のみ。赤色はなぜだか、『ZEBRASARASA』をこだわって使っている。このシリーズはカラーも種類も豊富で、今後色がたくさん必要な作業が増えれば、こちらに変更していくのもありだ。あまり冒険しないタイプの性格から、お気に入りはなかなか変わらず、また十年単位で使い続けていくのだろう。
ペンだけでなく、シャープペンにもこだわりがある。最近は芯が折れにくい構造のものや、芯の先がクルクルと回るようなのもあり、文字を書き進めるにあたり、芯先の一方だけが細くならずに、ミリ単位のことではあるが、いつも芯の太さがベストな状態で書けるように工夫されている。お気に入りは『三菱鉛筆 クルトガ』機能性はもちろんだが、本体もメタリック調でカッコいいので赤と青、色違いで2本持ちしている。スケジュール帳の書き込みや、手紙など、細かい作業の時に、その恩恵を大いに受けている。それでも仕事ではシャーペンはほとんど使わず、あえてここにきて一番シンプルな筆記具、“鉛筆”を使っている。そこも先輩譲りの名残りで、書類をチェックしたり、書き込みを鉛筆でしていたことが影響しているようだ。鉛筆の芯はあえてピンピンに尖らせず、丸みを残した芯先に削るのがポイント。柔らかな芯先でレ点を付けでていくと、サクサクとチェック作業が進んでいくから不思議だ。そんな仕事のこだわりを感じるたびに、あの頃の先輩の教えが、今の働く私を作っているのだと思う。
残業帰り、お腹を空かせ二人で入ったラーメン屋、今ではすっかり誰かの先輩になってしまった私が、後輩顔で笑っていた頃が、懐かしくて愛しい。
神戸の海を模した、神戸ブルーのインクで、遠くに住む先輩に久しぶりに手紙でも書いてみよう。
♪My Favorite Song
明日への手紙 手嶌 葵