眼鏡越しの風景EP59-聖夜-
- 2021/12/18
- yukkoのお眼鏡
カサカサッ…カサカサカサッ。夜中に枕元で音がした。
今年こそは来たかーっ!?はやる気持ちを抑え、目をギュッと瞑っている間にどうやら眠ってしまったらしい。
冬の朝はなかなか明けない。夜が明けぬうちにゴソゴソ動き出すと、横で寝ている母に「もぉぉ、まだ朝じゃないでしょ」と怪訝そうな顔をされるのも、父にクリスマスの朝に浮かれているのを“お調子者”扱いされるのも嫌だった。「そういえばクリスマスだったよね、すっかり忘れてた~」くらいの子どもらしからぬテンションで目覚めたかったのだが、布団の中では内心ソワソワ、それでもひたすら“じーっ”と、日が昇るのを待っていた。普段は布団を引っ張りはがされても、頑として起きない。二度寝ならぬ、三度寝、四度寝してしまうほど、寝坊助の私だが、この日の朝だけは違う。
12月になると、新聞に折り込まれているおもちゃ屋さんのチラシをせっせと集め、情報収集を始める。私の欲しい物がサンタさんにもわかるように、第一希望には何重にもグルグルと赤の太マジックで丸を付け、第二希望のプレゼントには、細い線で一重の丸、大物のプレゼントが難しそうなら…小さな丸印を付けたりするほどの力の入れよう。色とりどり、魅力的なチラシを見るたびに、気持ちは揺らぎ、週替わりで欲しい物が変わってしまうこともあったが、それでも、サンタさんへの遠慮や、薄っすら見え隠れするその正体への変な忖度から、たくさん丸を付けてもプレゼントは1つしか貰えないものだと、どこかでわかっていた。
「有ったぁ…」
ほの暗い天井に吊るされた四角い電気傘、そこにある物たちが少しずつぼんやりと輪郭と色を取り戻し始めた。あと少しが、待ちきれずに、布団に入ったまま、腕を上に伸ばし、頭上の床を手探りで確かめる。腕を車のワイパーのよう扇状に動かすと、いつもはそこにはない何かに腕が当たった。真新しい紙の音と包装紙のインク匂いが微かにする。
音を立てないよう、プレゼントらしきものの端を摘まんで、数センチ単位のゆっくした動きで畳の上を這わし、手元に引き寄せていると、摘まんでいた包装紙の端が“ビリッ”と小さな音をたて破れた。慌てて布団に潜り込み、息を飲みこんだ。一瞬で戻った静寂が本当の静寂か、両親は起きていないか、数秒また息を潜め、布団の外の様子に耳を澄ませる。再び息を整えて、包みの別の角を引っ張り、やっと視線の届く位置までプレゼントを引き寄せた。それでもまだ薄暗い部屋の中では、視覚でプレゼントの全貌を把握することは難しかった。「サンタさんは、リクエストの何番目のプレゼントをくれたのだろう?」布団を頭までかぶると、掛け布団の端を手でほんの少し開け、冷えたほの暗い部屋の中で微動だにしないプレゼントの包みを、瞬きもせずじっと見ていた。自分がリクエストした物よりも、厚みがなく、思っているよりずいぶん薄い。どこか違和感を感じながらも、いろんな気持ちを打ち消し朝を待った。
いつの間にか、また眠っていたようで、次に目を覚ますと、大きな窓からは朝日が差し込んでいた。隣で寝ていた両親はとっくに起きて、三人分の布団に大きくはみ出した私が一人で寝ていた。寝ぼけ眼で楽しみに待っていた昨夜の余韻、最大の期待を込めてあの包みに目をやると、黄緑色に縁取られたA3サイズのホワイトボードが、破れた包み紙から顔を覗かせ、私の布団の側に無造作に横たわっていた。寝起きの夢だと思いたかったのか、現実逃避なのか、すぐにもう一つ置かれた小さな包みに目線を移した。そこには普段なら大喜びする、大好きな赤の包み紙のチョコレートが小さな手からこぼれ落ちるほど入っていたが、1mmも欲しいと願っていなかった、謎のホワイトボードのプレゼントの現実に涙が溢れ、平たい包みを遠くへ払いのけると、そのまま布団に潜り込み、気がつくと泣き疲れて眠っていた。
その後も、我が家には希望のプレゼントを届けてくれるサンタさんは来なかったが、親友の幼馴染ちゃんの家には、毎年最新のおもちゃを届けてくれるサンタクロースが来ていた。彼女から、“枕の下に欲しい物を書いた紙を入れておくと、希望のプレゼントが届く”と聞けば、それを真似した。結局は母に預けたサンタさん宛ての手紙も、赤く丸を付けたおもちゃ屋さんのチラシも、枕の下に置いた紙も、サンタさんには届かなかったようだ。
「サンタさんはあわてんぼうで、忘れんぼう」昔読んだ絵本にそう書いてあった。
相変わらず煙突はないけれど、その代わり、今はエレベーターがある。欲しかったあの日のプレゼントがいつか届くといいなぁ…。
♪My Favorite Song
恋人がサンタクロース 松任谷由美