眼鏡越しの風景EP56-林檎-
- 2021/11/6
- yukkoのお眼鏡
「果物は何が好き?」と聞かれれば、いつも「いちご」「ぶどう」と答える。
かつては好きだと言える果物の選択肢は他にもあり、「もも」がその一つだった。夏になると岡山から白桃をわざわざ取り寄せるほどで、手を果汁だらけにしながら、丸ごと大きな桃にかぶりつくのが毎年の楽しみだった。しかし、その楽しみは突然終わりを告げた。ある時から、桃を食べると唇に赤い痒みが出るようになった。それでも「唇に果肉と果汁が当たらなければ大丈夫だろう」と、痒い事より食べたい気持ちが勝り、騙し騙し食べ続けていたのだが、次第に喉や耳の中も痒い感覚に襲われるようになり、その正体は大人になって発症した果物アレルギーだとわかった。
当初は桃だけだったのだが、「キウイ」「パイナップル」などの南国系フルーツも食べるとザワザワした気持ちになり、怪しい気配がしてくる。「もも」と同じバラ科の「りんご」や「サクランボ」も次第に怪しくなり、今に至る。私の場合、同じ果物であったとしても、ケーキやコンポート、ジャムなどのように、一旦熱を加えたり加工がされているとアレルギーは一切出ない。味わえる幅が狭くなっただけで、果物はまだたくさん種類があるし、好きな「いちご」「ぶどう」はこれからも食べられると、ポジティブに捉えることにした。
以前、イタリアンレストランにグループで食事に行った際、1人の男性が里芋や長芋、ネバネバとろろ系の芋類のアレルギーを持っていた。もちろん予約時にレストランにそのことは伝え、その方のお皿にはそれらの食材は使わないようにお願いしていた。それなのに他の人の前に運ばれてきたお皿を、その方が遠目からチラっと見るなり、
「そのお皿、とろろ系のお芋が入っている気がする…」
とおっしゃられ、
「胸がザワザワするし、耳が痒い」
とソワソワし始めた。レストランには事前に伝えているし、見た目はまったくそんな食材が使われている様子もない。まさかそんなことは…と、みんな半信半疑。お皿の中央にお野菜やお肉がミルフィーユ状に盛られ、鮮やかな緑のソースでお皿の端に模様が描かれているなかなか凝ったお料理。私は目の前の自分のお皿を、ナイフとフォークで確認しながら、
「お肉、れんこん、お肉、ズッキーニ、お肉、じゃがいも…あとは…!?」
「えーっと、これは…なんだろ?、あぁぁっ…なが…いもっ、長芋です!」
と言いながら驚いて顔を上げた。ミルフィーユの一番下、土台のように使われていたのは、こんがりとソテーされ美味しそうな焼き色がついた輪切りの長芋。その方に給仕される前に、すぐに取り替えてもらい何事もなかったのだが、
「やっぱりぃー!このとろろ芋のザワザワセンサーかなりの感度やろ~」
と、彼はおどけていたが、差し替えてくれた別のお皿には結局手をつけなかった。
先日、マンゴーで初めてアレルギーを発症した友人も、朦朧とする意識の中で気がつくと水をがぶ飲みし、無意識に危険を回避する行動を取っていたらしく、人間の奥底にある動物的な勘と危機回避能力はスゴい。日々の生活でその人の身をいつも守ってくれているのだと感じた。
その後も果物アレルギーとの二人三脚は続いている。ある時、ドイツから帰国したばかりの友人に「林檎はそのままでは食べれない」と言うと、彼女は林檎型の専用陶器ポットで、焼きリンゴを作ってくれた。蓋を開け、立ちのぼる湯気からはスパイシーなシナモンと芳醇な甘い香り。甘く焦げた林檎からは、煮詰められた果汁が蜜のように溶けだし、熱々の飴色果実に、バニラアイスをスプーンにひとすくい添えた。それはそれは、感動の美味しさだった。ヨーロッパの林檎は酸味が強く、タルトタタンやアップルパイ、ジャムなどに加工して食べることも多いのだそう。日本の林檎は蜜が入っていたり、生食はもちろんだが、熱を加えると甘味が凝縮され、さらに美味しくなる。
ずいぶん前に遠くへ行ってしまった「りんご」、また私の元に戻ってきてくれた。それは、うれしくて美味しいサプライズだった。
♪My Favorite Song
りんごのうた 椎名林檎