眼鏡越しの風景EP54-怪盗-
- 2021/10/9
- yukkoのお眼鏡
そろそろ日も短くなった秋の夕暮れ。とあるマンション1階にあるギャラリーショップの薄暗い店内を上下左右に忙しなく動く白い光。ショーウィンドウの前には胸ポケットから素早く抜き取ったペンライトで、狙ったお宝を照らし出す人影。更におでこが付きそうなほど至近距離までガラスに迫ると、そのまま伸び上がったり、しゃがみこんだり、かなり念入りに中を覗き込んでいる。怪しい、行動がかなり怪しい。エントランスを行き交う住人の目にも、防犯カメラに映るその姿も、怪盗そのものだ。
その日、数ヶ月前に目の前で売り切れてしまったガラス作家『キッタヨーコさん』のオイルランプが入荷したという連絡を受け、仕事終わりにソワソワしながら急いでお店へ向かった。ガラス作品は1つ1つ手作りされていて1つとして同じ物がなく、今回もどんなデザインのものが入って来ているのかわからない。写真のみで実物を見ないネットショップのお客さんたちは、待ってましたとばかりに画面越しの決断も早く、そちらもなかなか手強い。焦る気持ちをグッと抑え、私は色合や形を見ながら、実物を手に取り、自分のお気に入りを見つけることに、こだわりたかった。ほんの少しでも早くお店にたどり着こうと思い、駅の改札を抜けるとすぐに走り出していた。息を切らし、奥まったお店の扉に到着すると様子がおかしい、電気は消え、扉も閉じられて鍵がかかっている。
「なんとしたことだ!」
明日からの別作家さんの展示会準備を終えたオーナーマダムは、今日に限ってお店を早じまい。
「あーーーーーっ!」
頭を抱え込むと、私の大きな独り言がエントランスに響いた。なんとも間が悪いことに、私のスケジュールによると今日から5日間、お店に行けないことがわかっていた。こんなに待ったのに、また売り切れてしまったらどうしようと、急に胸がドキドキしてきた。数回深呼吸してから「せっかくここまで来たのだから、ランプを一目見たい」と、ウィンドウ越しにお店の周りをウロウロ。ランプを探し始めると、外に面した右下の棚に並んでいるのを見つけた。今回入荷のランプは、シンプルなものからカラフルな派手なものまで全部で11個。その中で気になるランプは、ガラス装飾がたくさん付いている2つ。体勢を変え、角度を変えるが、どうしても裏側のデザインがよく見えない。どちらにするか、ウィンドウ越しで見た限りではやはり納得出来ず、決められない。暗がりの第一印象は、青や水色のお魚と水の粒が散りばめられたデザインが良さそうに思うのだが。
今度は、怪盗ルパンばりに素早く取り出したペンライトの光を当ててみると、これまたガラスの色も印象が先ほどとは全く異なり、赤とサーモンピンク3つのお花と、黄色の蝶がモチーフのランプの方がダントツに可愛く思えた。細部まで丁寧に確認しながら、いったいどれくらいそこにいたのだろうか。
気が付くと夕暮れから更に暗くなり、外はとっぷりと日が暮れていた。“好きなものを探す”こういう時の私の集中力はいつもすごい。その間も、きっとかなり不審な動きをしながらも、なんとか通報されることなく無事にお店を後にした。家に帰るとすぐ、ギャラリー宛に「お花モチーフのオイルランプを見に行きたい」旨のメールを入れた。購入するか、しないかの状態で、さすがに「まだ売らないでほしい」とは言えずだったが。
そんな気持ちを察してくれたのか、翌日「すぐには売らないから、一度手に取りに、実物を見にいらっしゃいね~」と、マダムののんびりした声が電話口から聞こえた。
5日後、再びギャラリーを訪れると、棚にお目当てのランプが無い!一瞬不安そうな顔で扉を背に立っていると、奥から白髪をアップにまとめたふくよかなマダムが顔を出し、私の顔見るとすぐに「そぉそぉ、アレよね~」と、にこやかに迎え入れてくれた。あまりに私が入荷を楽しみにしているものだから、他のお客さんに買われてしまわぬよう、こっそりランプを奥にしまっていてくれたのだ。ランプは窓から射し込む光を浴びて色とりどりにキラキラ輝き、ペンライトの光とは比べようもないくらい素敵だった。マダムも一番のお気に入りだという、ダントツに可愛い新作デザインのお花ランプを、我が家に連れて帰ることにした。
何ヵ月も待ち望んだ手作りのオイルランプ、いつの間にか、心を盗まれていたのは私の方だった。
♪My Favorite Song
怪盗 back number