眼鏡越しの風景EP49-空蝉-
- 2021/7/31
- yukkoのお眼鏡
夕暮れ時、ひとりぼんやり公園のベンチに座っていると、どこからともなく「ヨイショ、ヨイショ」と小さな声が聞こえてきたような気がした。足元に目をやると、土の上を不器用にゆっくり歩く謎の生物を見つけた。
「足の付いた茶色の芋虫?」
暗がりにしゃがみ込んでみると、前屈みに丸まった姿とサイズ感は羽の無いスズメバチのようにも見え、一瞬怯んで跳び退いたが、特徴的な黒に黄色の縞模様でもなく、お尻に針もない。でも、どこかこのフォルムに見覚えはある。恐る恐るまた近づいてみるとと、ようやく気がついた。
「もしや、セミの幼虫!?」
中身の入っていない殻は何度も見たことはあるが、中身入りとの遭遇は生まれて初めてだ。土の中で3年から6年過ごし、地中から出て “ミーンミーン”と鳴く成虫期は1ヶ月ほど。そのことが頭をよぎり、これは木に辿り着くまで見守らなくてはと、変な使命感にかられた。彼が向かう先には人や車、自転車が行き交う道路、それを知ってか知らずか、そこへそのまま真っ直ぐ進んでいる。横断歩道を渡ったその先に、止まり放題、羽化し放題、セミたちにとってのパラダイス「ひょうごの県樹」と立派な看板まで立つ、大きなクスノキがあった。きっと彼は本能的にそこを目指しているのだが、道中はかなり危険いっぱいの道のり。夏といえ辺りはずいぶん暗くなり始め、通り過ぎる人や自転車に踏まれてしまわないかと、ヒヤヒヤしながら見守っていた。
「あっ!あぶない!」
「おぉぉぉぉー!セーフっ…」と、
息をのんだり、ホッとしたりを繰り返し、暗がりで俯きながら謎の奇声を上げ、一喜一憂している私の姿がなにより一番怖い。「うぅぅぅぅ…」もうここはアレを使うしかない。一生一度の大サービス発令!「クスノキまで、ひとっ飛びワ---プ!」
とはいえ、あくまでも手動。
ここにきて問題発生である。さすがに手で掴むのは、正直ちょっと気持ちが悪い。近くに適当な大きさの枝もなく、心もとないが細い小枝をなんとか探し、掴まってもらうことにした。だが、土の中から出てきたばかりの彼は握力というのか、脚力というのかが全く無く、うまく掴まれずに何度もコロンと落ちてしまう。小枝作戦は諦め、今度は大きくしっかりした葉っぱを用意し、手を触れずしてなんとか葉に乗せることに成功した。葉っぱに乗った彼はその上で、急にやる気を全開にし、さらに前へ前へ進もうとするものだから、私が横断歩道を小走りで渡る間に、葉っぱから手首へ上がってきてしまい、殻もフニャフニャ、私もこの高さから彼を振り落とすわけにもいかず、片方の手を受け皿にしながら「ギャーーーー!!!」と大騒ぎしながら、グィーンと葉っぱの絨毯を一気にクスノキ近くまでワープさせた。
クスノキがあるのは、街灯の光からはずれたお寺横の暗がり、私はひざ丈の藪をバサバサと分け入り、柵の間から肩まで腕を入れ、更にその先の手もピーンと伸ばして、なんとか柵越しにあるクスノキの根元に彼を着地させた。急に景色が変わり「何?何?ここどこ?」と一瞬戸惑っているようだったが、すぐに落ち葉の中をワシャワシャと泳ぐように前進し始めた。
後日、ネットでセミの羽化動画を確認してみたが、どうも私が出会った子はかなりどん臭かったようで、動画の中の幼虫くんたちはサクサクと木に辿り着き、スマートに羽化していた。一生一度の大サービスでワープ出来なければ、土の中での彼の6年が悲しい事になっていたかもしれない。ここまで助けたのだから、あとは自力でクスノキに登りなさいと、暗がりの藪から私は脱出。
ワープのお手伝いに夢中だった私は、「よしっ!キターーー!」とばかりに待ち構えていた蚊の襲撃に合い、藪の中は入れ食い状態、腕や足を嫌というほど刺された。
「必ず飛び立っておくれ!」と、そんなセリフをカッコよく背中に漂わせるも、すぐに「もぉぉぉ!すごく痒いんですけどぉーーっ!」と、勲章のようにポツポツ赤くなった足を、何度も立ち止まっては掻きながら帰る夏の夜。
♪My Favorite Song
エイリアンズ キリンジ