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- 眼鏡越しの風景EP45-緑風-
夏の訪れにはまだ少し早い、梅雨の晴れ間。
毎朝通る道沿いの浅いモルタル側溝に1年ぶりの懐かしい光景があった。今年も彼らはこの側溝地獄に迷い込み、裏返ったまま足をバタバタ、また起き上がれずにいた。
君の名は…カナブンの「奏 文太郎」(カナ ブンタロウ)なのか?
君の出現には、少々季節が早くないだろうか?
※奏 文太郎のお話は、眼鏡越しの風景EP4-夜光-にて掲載中です。
近づいてよく見てみると、君はハナムグリの「花夢栗 三太」(ハナムグリ サンタ)”ではないか。光沢緑のジャケット、背には金の水玉模様、今日も紳士の装いさながらの正装だ。いつまでもそんな所に裏返ったままでは、ご自慢のジャケットが汚れてしまうよ。産毛に覆われた体のあちこちに花粉を纏い、緑のジャケットはうっすらと黄金に輝いている。さすがに今日はちょっぴり欲張りすぎたね。色とりどりの春の花に潜り、花粉や蜜を食べ歩く至福の時間がまさかこんな惨事になろうとは。
私はしゃがみ込んだまましばらく彼を見ていたが、ずんぐり体型の「花夢栗 三太」はどこか愛嬌があり可愛い。食いしん坊で、満腹故に起き上がれない彼だったが、そろそろ助けてやるか。そっと彼の足元に人差し指を近づけ、指先につかまらせる。世話の焼けるヤツだ。「花夢栗 三太」は「天からの救い~!神様ー!」と、言わんばかりに私の指にしがみついてくるが、助けたのは神様ではなく“yukko様”なのだ、一族末代まで伝えるがよい。
安心したように彼はモゾモゾと私の指の先端まで登ると、その先はもうなく、後ろ足で指を掴んだまま、天を仰ぎ、頭の上を風がスーっと吹き抜けると、緑のタキシードがフワァと広がり、空へ舞い上がった。また次の花を探しに、おっちょこちょいで、食いしん坊な彼は旅立つ。
それから数日して、また彼の仲間の姿はあの側溝にあった。懲りもせず、また落ちてしまったのか。覗き込んでみると、裏返った足はギュッと自分の体を抱きしめるように硬くなっていた。指を近づけてみたが動かない。夜のうちに迷い込み、力尽きたようだった。
ごめんね、間に合わなかった。
時に助けられぬ命もある。
小さな亡骸を白い花の傍らにそっと埋めた。
♪My Favorite Song
グッバイ来世でまた会おう インナージャーニー