眼鏡越しの風景EP44-十年-
- 2021/5/22
- yukkoのお眼鏡
「おはようございます!」
日に焼けた顔をニコニコさせながら、毎朝道に立っているおじさんの正体は、とある企業の管理人さん。
毎朝、自転車で通る道、遠くからでもすぐにわかるおじさんの笑顔と、「おはよう!」の声が今日も晴天の空に響いている。自転車やバイク通勤の社員さんの車輛を誘導し、徒歩通勤の社員さん一人ずつに声を掛けている。イヤフォンを耳に付けたまま無言で軽く頭を下げる人や、足早に通り過ぎる人、その通勤風景はさまざまだ。
10年ほど前のある朝、突然そのおじさんは現れた。
そこの企業の社員さんにはもちろん、ただその道を通り過ぎるだけの学生たちや、駅に向かう私たち、通りすがりの通勤通学の人たちにも、分け隔てなく声を掛けてくれる。
自転車で通り過ぎる一瞬、最初は急に知らない人に挨拶をされ、かなり戸惑った。「今、私に言ってたよね?」と不思議な気持ちで、朝の数秒は過ぎていった。
次の日も、その次の日も、そばを通り過ぎる瞬間「おはようございます!」と。今度は確実に私に言っているのだとわかった。それでもどこか、私はこの企業に勤めてる訳ではないし、「よそ者だしなぁ~」という変な理由と照れ臭ささから、声を発し、すぐに挨拶が出来ずにいた。しばらくは毎日無言の会釈を繰り返し、おじさんの前を自転車で通り過ぎるだけだった。
そんなある日、私はいつもより少し遅めの出勤だった。通勤通学の人たちはもうずいぶん前にここを通り過ぎ、私は道の先にいるおじさんと2人きり、対峙することとなった。戦いの場面ではないが、遂にこの日が来てしまったか…。気持ちとは裏腹にそのままの速度で近づく自転車、ペダルを漕ぐ足の力を少し緩めた。おじさんは普段より気持ち多めに道へ体をはみ出させ、2割増しの笑顔で覗き込むように、「おはようございます!!」と挨拶をしてきた。私は遠慮がちな小さな声だったが、なんとか「おっ、おはようございます」と、表情を少し緩め挨拶をした。その日を境に、少しずつ私の「おはようございます」の声は大きくなり、“おはようおじさん”と交わす挨拶が私の1日の始まりであり、朝の日課となった。
柔らかな光、桜舞う春の朝も、朝から暑かったあの夏の日も、色づく山々が黄金色に映る秋の日も、マフラーに顔をうずめながらの寒い冬の朝も、来る日も、来る日も、おじさんは私に「おはよう」と言ってくれた。
「おはよう」の言葉を交わし続けた、名も知らぬおじさんとの10年。最近、おじさんには後輩が出来た。こちらは少しお若い、“おはようおにいさん”。まだ新米のお兄さんの「おはよう」はどこかぎこちない。
そんな2人に見送られながら、今日もおじさんの「おはよう!」から私の1日が始まる。
♪My Favorite Song
SHE 大橋トリオ