眼鏡越しの風景EP37-朝風-

以前より出勤時間が遅くなり、朝は少しゆっくりとなった。
毎朝よく見かける、磨き上げられた革靴を履くシュッとしたサラリーマンや、流行りのブランドバックにハイヒールのお姉さんを自転車で追い越して行くこともなくなった。
過ぎゆく朝の顔はガラリと変わり、登校中の小中学生によく会うようになった。
それまでの早め登校の子ども達ではなく、少し遅め、のんびり組の登校メンバーへと顔ぶれも様変わりしていた。

ある朝、制服にポニーテール、中学生の女の子が道の真ん中、助走を付けるように体と足を小さく前後に揺らしながら、行こか戻ろかしている姿が目に留まった。最初は彼女の腰ほどの植え込みでよく見えなかったのだが、近づいて行くと道に6羽、低い街路樹にも数羽のカラスがたむろしている。カラスたちの『ここは通さねぇぜッ!』と言わんばかりの露悪的な態度が、彼女をさらに怯えさせているようだった。

中学校はその道を真っ直ぐ、横断歩道を左に曲がると、少し先に正門が見えてくる。彼女が居る場所から、車道を挟んだ向こう側にも歩道はあり、一旦向こう側に渡り、カラスのいない道を通ることもできるのだが、“カラスのいる道を通る”という一択に彼女も捉われているようだった。

私は自転車で、行きつ戻りつする彼女の背中を追い越し、“そこのけ、そこのけ”とばかりに、自転車で道の真ん中を割って走った。カラスたちが空に飛んで行くことはなかったが、近くの木に避難したり、植え込みに隠れたりした。

私ではモーゼが海を割るようにはいかなかったが、カラスたちも、なんとなく私が通るスペースくらいは空けてくれたのだ。彼女も私と一緒に通れればと、自転車の速度を落とし気味に通り過ぎたのだが、こちらの意図は伝わらず、自転車が過ぎるとまた、すぐにカラスたちが道に戻ってしまい、彼女はさっきと同じ場所に困惑した表情のまま、立ち尽くしていた。

前に進みたい思いが、白いハイソックスの右足を気持ち前には出していたが、両手は引き気味の上半身にピッタリ添わせた鞄を、ギュッと握りしめていた。このままだと彼女は遅刻してしまう…と、少し進んだところで、ブレーキをかけクルっと自転車を旋回させた。

彼女のところまで戻ると、覗き込むように話しかけた。
「カラス怖いの?」「一緒に行こっか?」
「自転車のあとについて来られる?」

矢継早の質問に彼女は少し驚きながらも、「はい」と丁寧に返事をした。

自転車でカラスを避け、その隙に二人で通り抜ける作戦。
「行けそう?」

今度は自分の勇気を確かめるように、彼女は無言で大きく頷いた。

尖ったくちばしが不気味に光る、黒い鉄壁を打ち破るべく、私たち二人、怖がりポニーテールと赤眼鏡の戦士は、ついに立ち上がった!
「さぁーっ!ゆこうー!」

息を小さく吸い、ペダルを静かに踏み込んで、自転車をゆっくり動かす。バタバタバタッとカラスが木に飛び移り、道の数羽はピョンピョンと数回跳ねると、道の端に避けた。彼女はまたギュっと鞄の紐を握りしめ、瞬間的に目をつぶると、そのまま白い運動靴が私の自転車の横を駆け抜けていった。
『お願い、こっちに来ないで!』という彼女の心の声、足音に込められた強い思いに、足元のカラスたちが一瞬怯んだように見えた。

大きく深呼吸し、少し先で彼女は振り返ると安堵した表情で、ペコリと頭を下げた。キレイに束ねられたポニーテールを揺らしながら、そのまま学校へと走っていく。冬空には太陽が白く輪を作り、光の中へ消えゆく清々しい背中。

目線をおろすと、悪びれる様子もないカラスたちが、また道を塞いでいた。
白と黒のコントラスト。

『大変だ!私も遅刻しちゃう!』そんな月曜の朝だった。

♪My Favorite Song
優しいあの子   スピッツ

yukko

投稿者プロフィール

眼鏡と帽子がトレードマークのボーカル yukkoです。

邦楽カバーとオリジナル、ピアノ&ウクレレ弾き語り
新開地音楽祭やラジオ出演等 神戸を拠点に活動中。

作詞やエッセイ、言葉を調べたり、書きものが好き。

眼鏡越しの風景を、徒然なるままに…。

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