眼鏡越しの風景EP29-旅人-
- 2020/10/24
- yukkoのお眼鏡
秋になると「旅の季節キターーー!」と夏バテなんか吹っ飛ばし、俄然元気になるのだけれど。
今年はそれも我慢、それで少し元気がない。
いつも、友達との旅行はレンタカー。
一人旅ではまだまだ運転に自信が持てず、私の移動手段は電車、バスそして、お得意の自転車。旅先でのレンタサイクルが大切な足となる。
香川県高松、福島県喜多方、神奈川県鎌倉、福岡県柳川等々、高松にいたっては、何度も通い過ぎて、自分名義の高松市レンタサイクルカードまで持っている。北から南、あちこちで自転車に乗る私の姿が想い出の中にある。
自転車は天候に左右され予定は狂うし、上り坂は強敵で、夏は暑いし、冬は寒い。その面倒臭さとアナログ加減、全部込みで愛しい。乗れば運んでくれる受動的な旅と、目的に向かってペダルを踏みこむ能動的な旅だと、私の中の想い出も、後者の方がより濃く刻まれているような気がするからだ。
自転車旅が好きな理由は「風」と「音」と「匂い」を全身で感じられるところ。季節の移り変わりはもちろんだが、1日の中、朝、昼、夕と時間帯でさえ、風や空気が違う。
畑に囲まれた田舎道を走れば、その土地の農作物や草の匂いがする。焼き畑の煤の匂いにむせ、ポツポツ建ち並ぶ民家からは夕飯のカレーの匂い。春は小学校の塀向こうから、こぼれ落ちる満開の桜。新緑が時おり太陽光を遮り、アスファルトに落ちる光を揺す。夏は腕を真っ赤に日焼けさせながら海沿いの町を走った。
腕時計の形を白く残した手首がヒリヒリ痛み、お風呂場で泣いた夜を思い出す。秋のイチョウ並木、長い階段先の古い神社からはお囃子の音、秋祭りの風景。
車と違い、道すがら気になることを確かめに行く寄り道も自転車旅の醍醐味だ。“おっとっと”と通り過ぎ、車輪の方向を変える、後戻りも自由。美味しそうなケーキ屋さん、お洒落な雑貨店に、心惹かれる特産品の土産物店。テレビで見たことのある、スポーツ強豪校がこんなところにあった!と、名門校の立派な門を見上げ、感心する為だけの寄り道もアリだ。自転車を止める理由なんてなんでもいい、風の向くまま、気の向くまま。地図に印を付けていても、決めた場所やルートから脱線してもいい。時間はたっぷりある、そんな旅だ。
旅の行程に日帰り温泉を組み込むことも多い。地元の温泉入浴を間に挟むことで、非日常の旅感がより増すからだ。ここではスーパー銭湯やお風呂屋さんではなく、地元の温泉であることが重要なのだ。夕方の早い時間や、昼間の温泉地の公衆浴場は地元のおばちゃん達の社交場、井戸端のお喋り場であり、見慣れない新入りが入って来ると、「どっから来たとね?」と方言交じりに話しかられることも多い。湯船で隣り合うだけの出逢い、どこの誰でもない裸の付き合い、これがなかなか楽しい。旅の情報収集をしながら、土地の名物を聞いたり、私の住む街のことをお喋りする。時々、話が長くなりすぎ、のぼせてしまうほどの長風呂になることもある。温泉場、湯船のクチコミ情報はなかなかの信頼度で、その後、数々の銘菓や名店との出逢いに繋がるからだ。
髪裾はまだ半乾き、夕暮れの風に吹かれ、着くまでに乾けばいいやと、またペダルをこぎ出す。そんな時間も好きだ。
旅先で「昔、神戸に住んでたよ」とか、「神戸で働いていました」と言われることがある。長崎グラバー園で出逢った陶器屋さんの奥さんは淡路島出身だったし、福岡柳川の人気ステーキ店のオーナーは神戸の東灘で何十年もお店をされていたとか、大分別府の蒸し風呂で、一緒に蒸されたご婦人は、家がご近所のツーリストだった。
遠く離れた土地で暮らす彼らは、神戸から来た私にあの頃の懐かしさを感じ、一人旅の遠い空、私は微かに漂うホームシックを、色褪せた彼らの想い出に重ねる。
その土地も、出逢う人も、その季節や風や音は今しかない。
二度と同じ瞬間に出会えない、その場所にあの時の私はもういない、旅はいつも通りすがりの刹那。
♪My Favorite Song
旅人 ケツメイシ