眼鏡越しの風景EP28-新風-
- 2020/10/10
- yukkoのお眼鏡
夏休み明け、彼女は情熱の国スペインからやって来た。スカートからスラリと伸びる足、外国帰りだと日本人でさえ、海外仕様に足が長くなるのだと、勝手な思い込みを妙に納得していた。こちらから積極的に話しかけたわけではないが、帰国子女の彼女とは何故か最初から気が合い、いつも一緒にいるようになった。放課後、宿題をするという名目で彼女のお宅にお呼ばれされるようにもなった。おやつを食べながら、お気に入りのクラスの男子ランキングを付け盛り上がったり、可愛い文房具のことや、先生の口癖を真似たり、お喋りは尽きなかった。その中でも私が特に興味を示したのは、異国の地スペインの話を聞くことだった。英語やスペイン語の語学に、学校生活のこと、お昼寝の時間シエスタの風習や、近隣のヨーロッパ諸国への夏のバカンス旅行のことなど、スペインで暮らした日常の些細な話を聞くのが、なにより楽しかった。彼女にとっての日常が、私には目をキラキラさせるような、世界とつながる非日常だったからだ。
初めてお宅にお呼ばれした日、ショートカットの上品なお母さまが「おかえりなさい」と玄関で私たちを迎えてくれた。奥の彼女の部屋に促され、部屋の隅にランドセルをおろした。彼女の部屋の珍しい海外の雑貨をあれこれ見せてもらっていると、トントンとノックの音が聞こえ、ゆっくりとドアが開いた。金色に縁取りされた長方形のトレーには外国製の花柄のティーセット、お揃いのお皿には渦巻きクッキー、鮮やかな青やオレンジのキャンディー包みは外国のチョコレートだった。(のちに渦巻きクッキーは日本の某お菓子メーカーのものだと、気づいたのだが…その時は外国のクッキーって、なんて!美味しいの~と感動していた。)
「お紅茶どうぞ~」今まで、紅茶に「お」を付けるような大人に出会ったことがなく、それだけでも少し緊張した。小学5年生までに身に付けたお行儀を全て結集し、クッキーを指先でつまむと、かけらをこぼさないよう、もう片方の手を受け皿にして、上品ぽく口へ運んだ。そのあと紅茶を一口飲むと、緊張からかゴクンッと喉が鳴ってしまい、慌ててスカートの布擦れの音でごまかした。
彼女のお母さんはお家に居るのに、目元はしっかりアイライナーが引かれ、まつ毛はクルンと天井を向き、明るめピンクの口紅とバッチリフルメイク。我が家では、出勤しない休日の母はいつもスッピンだったので、お出かけしなくても普通お母さんはお化粧をするんだなぁ~とお出かけ仕様のフルメイクにビックリだったが、出勤時の母のメイクよりもバッチリメイクだったことは更に私を驚かせた。
「スペインのお土産だけど、これよかったらどうぞ」
帰り際、彼女のお母さんが紙袋から箱を少し引っ張り出し、チラッと見せながらニッコリと笑うと、また箱を袋に戻した。「ん!?」チラリと見えたのは、真っ赤なドレスの裾を蹴り上げ踊る、躍動感あるフラメンコ人形だった。その後、他のお友達が貰った物に、色違いのドレスや、人形の動きのパターンがあるとわかり、のちに貰ったみんなで見せ合いこをした。私の人形の衣装は赤に黒の縁取りレースが素敵で、お人形のお顔は一番の美人さんだった。その時、彼女のお母さんはきっと、何気なく手に取った箱を渡しただけだろうけれど、友だちの中で「一番の仲良しの称号」を与えられたような気がして、私はとてもうれしかった。
帰り道、思わぬプレゼントを頂いたうれしさで、紙袋を持つ手は誰か他人の手のように思えた。開けたい衝動をグッと抑え、足早に家の近くまで帰って来たところで“そおっと”箱を取り出してみた。箱からは詰めたての異国の妖艶な匂いがし、いつもの冴えない帰り道がこの日は違って見えた。家までの残りの距離をピョコピョコ飛び跳ねながら帰った。
お豆腐屋さんの笛の音と、遠く野焼きの煤の微かな匂い。まだ見ぬ遠い遠い国に思いを馳せるながら、
いつか私も行ってみたい.情熱の国へ
オッ!レーィッ!
♪My Favorite Song
午後のパレード スガシカオ