眼鏡越しの風景EP26-足枷-
- 2020/9/12
- yukkoのお眼鏡
小さい頃はボーイッシュなパンツスタイルが好きだったが、大人になってからはスカートもよく履くようになった。鮮やかな空色のスカート、少し変わったデザインで、パリッとした生地の巻きスカート、動きが柔らかシフォン系の辛子色のものなど、季節やお出かけ先によって選んでいる。そんなお気に入りスカートを履いていくにあたり、毎回懸念材料がある。足首まであるような長いスカートで自転車に乗るのはかなり困難であるということ。
ある夏、午前中で授業を終え、午後からは友達と海水浴の約束をしていた。海水浴スタイルには、今年買ったばかりの柔らかい透け感のあるインド綿のエスニック柄のスカートを選んだ。照りつける日差しの中、授業を終えた解放感と、ちょっぴり甘い夏の誘惑に心躍らせ、素足にサンダル、ターコイズブルーに塗られた爪先もどこか軽やか。海に着いたら素早く着替えることを想定し、Tシャツの下にはすでに水着を着て、自転車で駅に急いだ。
ギュンっ!
急にうしろ髪を引かれるような感覚と同時にペダルがグッと重たくなった。誰かに引っ張られたようにウエスト辺りのスカートが斜めにずれた。突然の出来事に自転車を急停車。
後ろを覗き込むと自転車の車輪中央部のチェーンにスカートがぐるぐると巻き付いていたのだ。買ったばかりのスカートが巻き込まれたこともショックだったが、その時はここまで大変なことになろうとは思いもせず。恐る恐る、かがみ込み、状態を確認すると、柔らかい生地の特性上スカートはビリビリになり、布ではなくヒモ状になっていた。そこにきてインド綿はやたらと生地が丈夫で巻き付いたまま取れない。
なんとかはずそうとチェーンの油で手を真っ黒にし、格闘してみたものの、びくともしない。この状態を俯瞰するとあまりに情けなく、独り笑ってしまう。約束の時間に遅れてしまうことを気にしていたが、ふと現実を受け入れ始めると、夏の午後の炎天下、汗が額からポトリと落ちた瞬間に不安で身震いした。自転車とスカートが繋がったまま、ずいぶんと行動範囲の狭いリードに繋がれた犬のようだったからだ。自転車が足枷のようになり、ここから動けない状況は悲惨だ。しかも中は水着…この公共の場では、スカートを脱ぐことも許されない。
平日午後の暑い最中、人通りもそんなに多くない住宅街。当時は携帯電話もなく、助けを呼ぶことも出来ずにいた。このままここで干からびてしまうと、翌日のニュースでは一体どんな風に報道されるんだろうと、バカな想像をしていた。その間も、何度も引っ張ってみたり、生地を破けないかと出来る限り試してみたが、どんどん体力を消耗し、時間だけが過ぎた。「ハサミがないと、もう無理だ…」とボソッとため息まじりに呟いた。
30分くらいの格闘は続き、あきらめかけた頃、遠くを歩く年配の女性を発見。汗ビッショリの顔で朦朧としながら「すみませーん!自転車に繋がれて動けません、助けてください!」と説明が意味不明だが、恥ずかしいとか、もうそんなことは言ってられない。
悲壮な声に何かただならぬ事態だと、小走りで駆け寄るご婦人は、「いつからこんな状態になってるの?」と驚いていたけれど、手短に状況を説明すると「スカートは脱げないものね…」とかなり困惑していた。ご婦人は近くの自動販売機で缶ジュースを買い、繋がれたままの私に渡すと、「少し待っててね」と助っ人を呼びに行ってくれた。
しばらくすると少し先にある郵便局の局員さんたちと一緒に戻ってきてくれた。男性局員さんは指先を真っ黒にしながら、巻き付いたスカートを途中まで外してくれ、かつてスカートだったであろう、ヒモに繋がれた私の動ける範囲を少しずつ広げてくれたが、内側はかなりきつく巻き込んでしまっていてどうにもならず、「スカート切っちゃうけど、いいかなぁ…」と申し訳なそうに私の顔を覗き込んだ。
みんなに見守られながら断髪式さながら、スカートはざっくりと切断された。助かった喜びもつかの間、一気に恥ずかしさがこみ上げ、うつむき加減にお礼を言った後、ビリビリに破れた裾を適当に片結びにし、切り取られたオイルで真っ黒になった残骸を前カゴにほうり投げ、早々にその場を後にした。
家に着くと、一体この都会でどんなサバイバルを生き抜いたらこんなことになるのだと、鏡に映る姿があまりに滑稽でいて、そしてジワリ来る安堵感で、また少し笑った。裾が破られた野性味溢れたスカートを、クルクルと丸め、部屋の片隅に置くと、すぐに着替え、また懲りずに今度はショートパンツを履いて海水浴に向かった。この話は海に着く頃には、転んでもタダでは起きない、関西人特有「ネタ」としてさっそく語られることとなった。
今では、昔のゴム跳び遊びの小学生ばりに、スカートをかなりハイウエストにたくしあげ、チェーンに巻き込まれないようにしている。私も少しは学習し、スカートで自転車に乗るのはプロ級に上手くなった。
そんな時は絶対に知り合いに遭遇したくない…
ご近所限定スタイルである。
♪My Favorite Song
水色のスカート スキマスイッチ