眼鏡越しの風景 EP24-約束-
- 2020/8/15
- yukkoのお眼鏡
ある夏の夜、祖母と二人きりで、こんな話をした。
「おばあちゃん、天国ってあると思う?」
「おじいちゃん、天国に行けたかなぁ」
祖母はこう言った。
「タバコも持ったし、お気に入りのスーツを着て、天国に行けたと思うよ」
「そういえば帽子、入れ忘れてしまったね」と後から思い出したように呟いた。
私はもう大人だったが、大真面目な顔でさらに続けた。
「おばあちゃんがいつかこの世界からいなくなったら、私にだけわかるように合図を決めとこうよ」
「おばあちゃんが亡くなったら、天国に行けた?と、心の中で質問するね」
「答える時はロウソクの炎を大きく一回揺らしてくれる?」
映画『ゴースト~ニューヨークの幻』だと、幽霊が物体を動かすには、かなり訓練が必要な設定だったと、私は妙な幽霊ルールを思い出していた。
今考えると生前の祖母にかなり失礼なことを言ってしまったが、祖母はニッコリし、黙って小さく頷いた。
子供の頃から、変なことに興味を持つ性格で、祖母にもずいぶんいろんな質問をしていたので、もう慣れっこだったのかもしれない。
私が祖母の皺になった手を不思議そうに撫でると
「なんでおばあちゃんになると、こんなにシワシワになっちゃうの?」と、「どうして?どうして?」と質問ばかりしていた。
皺の話で思い出すのは、おばあちゃんのお義母さんが一時期祖母の家で同居していた頃、小さな私は曾祖母の前で怖いと大泣きしたのだ。
毎回、私が行くと、曾祖母は小さな体を壁に向け、顔が見えないよう部屋の隅っこに座っていたのを覚えている。
核家族の生活環境で過ごしていた幼少期、たくさんの皺が刻まれた姿は怖いと写ってしまっていた。
「ほんとに可哀想なことをしてしまった」と、思い出すたびに胸が痛い。
それから数十年、私の身長はどんどん伸び、そして祖母はどんどん小さくなった。
入れ歯になった口元をハフハフさせながら、ニコニコと笑い皺いっぱいの可愛いおばあちゃんになった。
晩年になると、孫の私をいつも幼なじみのみっちゃんと間違っていた。
『みっちゃん』と『ゆっこちゃん』の境は、いつまでも曖昧。
亡くなるまで、私は祖母の幼なじみのままだった。
祖母は87歳で、穏やかな顔で息を引き取った。
看護師さんが「ほんとに可愛いおばあちゃんでしたね」と言ってくださった。
プロのメイクさんに最後のお化粧をお願いした。
色白になった艶やかな肌、頬はほんのり赤みがさし、キレイな白髪は可愛くカットしてもらっていた。
その夜、ロウソクの炎は、大きく一回揺れた。
私がプレゼントとした淡いグリーンのカーディガンを着て、祖母は天国へ旅立った。
今年で8回目のお盆。
「おかえり!おばあちゃん」
♪My Favorite Song
さよなら大好きな人 花*花