眼鏡越しの風景 EP16 -弟子①-
- 2020/4/25
- yukkoのお眼鏡
私が小学2年生くらいだったか。
その頃より祖父はお出かけにお供を連れて行くようになった。寡黙な祖父は、私を子ども扱いせず、大人に話しかけるように接した。眼差しはとても優しいけれど、けっして多くを語らない。
出かける際は「出かけるぞっ」の一言。
運動会の振替休日。
鍵っ子の私は毎回祖父母に預けられていた。近所に友だちがいない祖父母宅での一日はとても退屈で、遊びたいエネルギーを持て余していた。
そんな時の救いの一声「出かけるぞっ」が発令されると、どんなに小声でも聞き逃すまいと、急いで準備をしたものだ。
駅までの道のりを手を繋ぐわけでもなく、帽子とスーツに正装した祖父の後から、普段着、運動靴の私がパタパタとついていく。お喋りな私は、独り言のように祖父へ話しかけていた。祖父は耳が遠く、街の音が私の小さな声をさらに掻き消していた。
駅に着くと、祖父は券売機にお金を入れ、黙って切符のボタンを指さし、私は背伸びをしながらボタンを押す。
電車が到着し、えんじ色の長い座席に並んで座り、何も言わない祖父の傍らで、足を時々ブラブラさせては、周りをキョロキョロ見渡した。
電車を一度乗り換え、微かに汐の匂いがする知らない町の小さな駅で降りる。商店街を抜けた路地裏の純喫茶。色褪せた緑の日除け、開閉につっかえ癖のある自動扉。
店の真ん中には、内側が3段に仕切られた横開きのガラスショーケース。その中には、小皿にひとつずつのった和菓子や洋菓子。少し乾燥気味のバタークリームケーキ、串に刺さった三色団子に大福、昔ながらのあんドーナツが二つ。
甘味のお皿はセルフサービスで選ぶお皿により値段が違っていて、だいたいは100円ほどで、ケーキ類は高くても300円までだった。
いつも祖父は珈琲にミルクを入れ、ケースから甘味のお皿を自分にひとつ、私にひとつ取った。祖父が選ぶのはいつも、おじいちゃんやおばあちゃんが好みそうなものばかりで「ケーキが食べたいのになぁ…」と、幼心に恨めしかった。
中でもあんドーナツの登場回数が最も多く、内も外も硬めで、添えてある細い二股のフォークは役に立たない。仕方なく、諦めて手で食べた。粗めの砂糖と油が指に付き、そっと洋服の裾で拭った。
初めてのお供の時に、私が飲みたいとおねだりした緑のクリームソーダの上には、着色された濃いピンクのさくらんぼ、なかなかのインパクトだ。
いつしかそれはお出かけの定番メニューとなり、祖父は孫の大好物と信じて注文し続けた。実のところ、それほど好きではなかった。
それでも、祖父の慣れない孫へのおもてなしの気持ちを想うと、子どもながらに、他の物を注文するのは憚られた。
その数年後、私の想いを、やすやすと飛び越える黒船襲来!
「ボク、これ食べたーいっ!これにするー!」と一丁前に大きなメニューをテーブルに立て、その影から食べたいものを自由に注文する不届者が出現!
無邪気という武器を片手に、弟がお供に加わったのだ。
さて、どうする私!?
この続きはまた次回。
♪ My Favorite Song
かいじゅうのうた 原 由子