眼鏡越しの風景 EP13 -盛装-
- 2020/3/14
- yukkoのお眼鏡
「眼鏡と帽子」が私のトレードマーク。
帽子好きのルーツは、母方の祖父にある。
私が思い出す祖父は、繊細かつ寡黙。若い頃の怪我がもとで片手が不自由だったが、手先がとても器用で、釣りの仕掛けを作ったり、晩年は細やかなタッチの水彩画をよく描いていた。そして、なによりずいぶんお洒落な人であった。
当時、街にはオーダーメイドの帽子店がいくつかあり、筒状の大きな箱が祖父宅の洋服箪笥の上に積まれていた。スーツの色に合わせた帽子をいくつか持っていたように記憶している。
珈琲好きだった祖父は時間が空くと、昔住んでいた下町の純喫茶へ電車を乗り継ぎ、スリーピースに中折れ帽という装いで出かけていた。
今風にいうと「カフェに行こ!」的なノリなのだろう。もちろん、タピオカミルクティーなどそんな洒落たものなどない。せいぜいあるのは、緑のソーダー水にアイスクリームを浮かべたクリームソーダくらいだ。
たいていは一人、午後からフラっと出かけていく。ついていけない幼い私は、祖父の遠ざかる後姿を窓越しにずっと眺めていたものだ。たぶん、祖父は誰と話すわけでもなく、お決まりの席に座り、黙って煙草をくゆらせていたのだろう。
そんな祖父も私が中学三年生の時、病気で他界した。
翌年になってから、生前衣装持ちだった祖父が残していった観音開きの洋服箪笥を大きく開け放つと、微かなタバコと珈琲の匂いが、懐かしさと共に部屋中に溢れ出した。
「祖父の洋服を少し貰って帰りたいんだ」と隣で片付けをする祖母に呟く。
「洋服なんて貰ってどうするの?」と両親は訝し気であったが、
それでもいくつかある中から、
ウール生地に細いストライプのモカブラウンのオーダースーツ。
キャメル色のレザーベスト。
リーフ柄のネクタイ。
そして、チャコールグレーの中折れ帽子を選んだ。
祖父は細身で小柄だったこともあり、高校生の私が着てもさほど大きくなかった。ただ、ジャケットの袖丈は祖父の腕に合わせてあったので、左右長さが違っていた。短い袖に合わせると、私には丁度よかった。パンツは裾を切り、膝丈ほどにしてミシンをかけた。
ボタンダウンのコットンシャツにレザーベスト、
リメイクした膝丈パンツのスリーピース、
足元にはショートブーツ、
帽子を斜めにかぶり、駅に向かって駆け出す16歳の私がいた。
中折れ帽をかぶる角度は今でも変わらない、こだわりの祖父譲りだ。
♪My Favorite Song
木蘭の涙 スターダスト☆レビュー