眼鏡越しの風景 EP3‐遠雷‐
- 2019/10/26
- yukkoのお眼鏡
平日、午後の電車は乗客もまばら。
どこに目線をやるでもなく、微かに揺れるつり革をぼんやり眺めていた。
あの頃の私は、脱け殻を引きずったような、心もとない空気を纏っていた。
ひとつ座席を空けた先に座る、御婦人が、
「キレイっ!ねぇねぇ見てみて」と話しかけてきた。
突然のことに苦笑いしながら、車窓向こうに目をやると。
雨上がりの晴れ間に、美しいアーチを描く大きな虹。
思わず、私も「わぁ。綺麗な虹ですね」と返した。
さらに、彼女はお喋りを続け。
「思うんだけど。神社の五色幕もそうでしょ。」
「緑黄赤白紫、緑は青に、紫は黒に置き換えられることもあるから七色ね」
「そう思うと、虹はきっと縁起がいいのよね。」
「なによりこうしてみんなが笑顔になれるでしょ。」
さきほどの彼女の感嘆の声に、気づけば他の乗客も顔を上げ、窓の外を見ていた。
「陰陽五行、陰もあれば光もあるものよね」
「飴 食べる?」と、私の手のひらに数個の飴玉を握らせながら
「きっとこれからお互い良いことがあるわね」
ウフフと微笑む、ふくよかな輪郭と花柄のスカートがヒラリ、駅のホームへ消えていく。
もしかすると、虹の使者!?
空から舞い降りてくるメリー・ポピンズが、頭に浮かぶ。
ちっぽけな自分をズームアウトする。
大空を翔ぶ鳥たちから見下ろせば、長い人生の一時など、ほんの些細な傷みなのかもしれない。
口の中で甘酸っぱく溶け落ちる飴玉。
遠くで鳴る雷の音を耳に残したまま、随分長く電車に揺られていたように思う。
♪ My Favorite Song
HANABI Mr.Children